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zoom RSS 1018号 チョーセン人の僻み根性のルーツ(2/4)

<<   作成日時 : 2017/12/25 08:20   >>

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ホンタイジに敗れた仁祖は、それでも女真族・清の臣下にはならなかった。明朝が滅びたことがなんとも悔しい。ホンタイジがハン(皇帝)の座につくと清は仁祖に臣下の礼をとれ、と圧力をかけた。ホンタイジの即位式では、参列した仁祖の使者が三跪九叩頭をを拒否したことで、アタマにきたホンタイジは12万の大軍で漢城を攻めたのだ・・・・・・

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間違っても文在寅を国賓として招聘するな
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画像◆国賓とは名ばかりの訪中となった文在寅。フィリピン大統領よりも格下の出迎えでメディアは騒然となり、しかも韓国メディアは中国の警備員から暴行を受ける始末だ。なにがなんでも習皇帝に臣下の礼を取りたかった文は、それでも習の理不尽な「三つのNO」を了承して朝貢を果たした。

◆韓国は李朝時代から「事大」の集団だ。とにかく相手を見る。どちらが勢いがよくて強いかを見極めるのだ。常に強いほうにつく。アイデンティティはない。それがチョーセン人の生き残る道だった。

◆21世紀の現在もその気持ちはかわらない。THAADでこれでもかと苛められ、中国ロッテは廃業寸前だ。中国人の韓国への旅行は禁止された。損失は1兆円超とも言われている。

◆ローソクデモと労組と従北勢力に助けられて誕生した文政権だ。北朝鮮とはあくまでも「対話」で赤化統一したい。一国二制度を目指す文には、中国への事大とともにアメリカ軍を半島から一掃したいのだ。

◆目的達成のために邪魔になるのが、いまだに生き残る日帝の残滓だ。盧武鉉は親日派を一網打尽にすることはできなかった。志半ばで斃れた。盧武鉉が果たせなかったの親日派の炙りだしをもう一度やりたい。徹底して親日派を排除しなければ、赤化統一して一国二制度の半島は誕生しない、文はと思う。

◆韓国の名門女子大である梨花女子大学のキャンパスには初代総長の金活蘭(キム・ファルラン)の銅像が立つ。

◆金活蘭は韓国初の女性博士だ。1910年、朝鮮併合時代、金活蘭は朝鮮YWCAを設立すると、朝鮮総督府から認可された「梨花女子専門學校」を4年制の大学にした。1946年8月15日、米軍政当局から「梨花女子大學校」として認可された韓国最大の名門大学は名実共に韓国の誇りであり、梨花女子大の矜恃であったはずだ。

◆その金活蘭がいまでは日帝強制占領期に学生たちの徴兵・徴用を督励するなどの親日的活動をしたということで糾弾されている。梨花女子大学では金活蘭の銅像を撤去して「親日附逆行為」を徹底する運動を展開する。文政権で広がる反日運動とも関連しているのは明らかだ。

◆近代中国で最大の汚点となった文化大革命。大躍進政策の失敗により、失脚していた毛沢東が復権を願い、紅衛兵と呼ばれる狂信的なシンパ学生を扇動して起こした一大権力闘争だった。

◆紅衛兵は歴史的建造物だった仏教寺院や孔子廟をことごとく破壊し、貴重な経典や古文書も焼いた。

◆韓国では文在寅の左翼政権誕生で、盧武鉉大統領時代の親日派狩り、日帝残滓狩りが復活の気配を見せている。たとえば、交通会社は鉄道用語のうち日本語由来の『駐在所』『運行時隔』『改札口』など約140の鉄道用語を韓国語に置き換えることを決めた。こうしたナンセンスな日本文化・親日派狩り運動は、なにか古代の明に朝貢していた李氏朝鮮が浮かぶ。

◆パックネ時代に投獄された極左過激分子が、文政権になって恩赦で大手を振ってシャバに出てくる。

◆文在寅は自ら率先してできない「反THAAD運動」や「反済州島基地建設運動」などを過激デモ活動を扇動してやらせているのだ。米韓同盟、日韓関係にくさびを打ち込むことが目的だ。北朝鮮を利することで赤化統一の一歩とする。半島有事の際、彼らの破壊の矛先が在韓邦人に向けられる可能性もゼロではない。すでにその徴候は顕れている。

◆半島有事の際、文は自衛隊を絶対≠ノ寄港させないと言明した。文の「反日」姿勢は顕かである。国賓にウソをついて「独島エビ」を供する種だ。今後、決してチョーセン人はわが国の友国とはならない。文在寅を「国賓」としてわが国に招聘することは、間違ってもしてはならない。奴らは、敵国の愚民なのだ!

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17.12.25
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チョーセン史から読み解く、あの僻み根性の根源(2/4)

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僻み根性の根源

画像〔太祖ヌルハチの第8子、ホンタイジ〕

▼党派抗争に敗れた両班が満州に逃げ込み、ヌルハチに助けを求めて直訴したところまでが前回だった。その後、李氏朝鮮では何が起こっていたのだろうか。

▼仁柤を擁立して政権を握ったのは親明派だった。仁祖は明軍の朝鮮進駐を認めた。明は後金を立ち上げた満州人(女真族)のヌルハチが許せないのだ。朝鮮に進駐した明の将軍・毛文龍は、中朝国境である鴨緑江の朝鮮側に陣取り、満州攻撃の機会を狙っていた。

▼明朝末期だった。左都督となった毛文龍は、1621年、ヌルハチの後金(満州=清)が遼陽を陥落したが、毛文龍は遼東半島沿いの住民を説得して攻撃をかけ、鴨緑江下流付近を奪回した。それなりに活躍した武将だった。だが末路は策に溺れ、非業の死を遂げた。いつものパターンだ。

▼ヌルハチを継いだホンタイジは太祖ヌルハチの第8子だ。国号を後金から大清と改めた。明の諸制度を採用するとともに八旗制を立てて国政を整備した。また朝鮮・モンゴルを征服して、明を完全に排撃して清朝の基礎を築いた。

▼ホンタイジは党派抗争に敗れ、清に逃げ込んできた朝鮮族の両班の直訴を受け入れ、「王位簒奪者の仁柤を討伐する」という名目で朝鮮攻撃を命じた。満州軍3万は鴨緑江を渡り、毛文龍を蹴散らして各地で略奪を繰り返しながら南下していった。

▼ついに漢城を攻略すると、仁祖は江華島へ逃げて降伏した。そしてホンタイジと「兄弟の盟約」を交わしたのだ。これが今後永遠とチョーセン人の「恨」となっていく。僻み根性の根源だ。

臣下を拒否して攻められる

画像〔漢城の城門。太祖・李成桂によって構築されたというが、突貫工事だったため水害などですぐに崩れたという〕

▼明朝をこよなく愛し、明朝に見習ってきた朝鮮宮廷は動揺した。
「蛮族の王・清に隷従したのは恥だ!」
「壬辰倭乱で援軍を送ってくれた明への裏切りだ!」

▼ホンタイジは1636年、満州諸部族と南モンゴル諸部族を配下におさめていた。すでにハン(皇帝)の座につき、国名を「清」と称した。

▼朝鮮は即位式への参列を求めたが、ホンタイジは「臣下」として参列するなら許す、と要求してきた。朝鮮の親明派の両班は動揺した。「皇帝」は天下にお一人である。北京におわす大明皇帝のみだ。蛮族の王が皇帝とは無礼千万だ。これがチョーセン人の意識だった。

▼ホンタイジの即位式に参列した朝鮮の使者は、清から求められた三跪九叩頭の礼を拒絶したのだ。朝鮮王・仁祖は直ちに全土に触れた。
「北方の蛮族が台頭し、皇帝を僭称する国書を送ってきた。わが国君臣の聞くに耐えぬことなり。忠義の士、勇敢の人は国難に馳せ参じ、国恩に報ぜよ」

▼この年、アタマにきたホンタイジは自ら12万の大軍を率いて鴨緑江を渡河した。朝鮮に攻め込んだのだ。

▼党派抗争に明け暮れるチョーセン人は、自らの思想が最も優れていると思い込み、勢力(武力)も強力だと信じる。アタマの悪いチョーセン人は古代からいた。思い込みが激しいのである。

▼ホンタイジの軍が都の漢城を攻めにきた急報を受けると、仁祖は江華島へ避難を試みた。だがときすでに遅かった。漢城近郊に達していた清軍に妨げられ、漢城の南25キロにある南漢山城に1万3000の将兵とともに立てこもった。この山城を築いたのは、皮肉にも失脚した光海君だった。

三田渡の三跪九叩頭

画像〔「大清国之聖汗之功徳之碑」。韓国はこの碑を「恥辱碑」として大韓民国指定史跡第101号に指定した〕

▼京城特別市の漢江南岸にある松坡区は、京城の行政区の一つだ。人口63万の都市である。かつて京城オリンピックのメーン会場となった地域だ。17世紀前半、この地に「三田渡〔さんでんと〕があった。「大清国之聖汗之功徳之碑」はこの地にある。「恥辱碑」だ。政府はこの地を「大韓民国指定史跡第101号」と指定した。

▼清軍12万。京城の山城を包囲し、ゆっくりと清軍は迫った。年が明け、山城内の食料はたちまち尽きた。朝鮮の冬は極寒だ。飢えと寒さで兵士は抗戦の意欲を失っていった。

▼仁柤はついに降伏を受け入れた。山城を降りると、そこはホンタイジの陣だった。下級兵に促され三田渡まで歩かされた。そこで仁柤は平民の服に着替えさせられると、用意された受降壇の前に連れ出された。最上部にはホンタイジが座っていた。ホンタイジを仰ぎ見た仁柤は思わず膝を屈し、三跪九叩頭の儀礼をおこなったのである。

▼ホンタイジは朝鮮王の服属を永遠に記録するため、この地に石碑を建てた。それが朝鮮王の「反省文」を刻ませた「大清皇帝功徳碑」だ。その碑文にはこう刻まれている。
「大清皇帝に反逆した愚かな朝鮮王を、皇帝はたしなめ、その罪を諭した。朝鮮王はおのれの愚かさを悟り、大清皇帝の臣下となることを誓った。わが朝鮮国は大清皇帝の功徳を忘れず、皇帝に逆らった大罪を反省するため、この石碑を刻む」

▼このときの盟約は朝鮮にとって重い義務となった。
1.朝鮮は清にのみ臣下の礼をとること。
2.明からの冊封を拒否し、明の年号を使用しないこと。
3.朝鮮王の世子と次男を、人質として清へ送ること。
4.清が遠征する際には、朝鮮は数万の援軍を遅滞なく派遣すること。
5.その費用は朝鮮が負担すること。
6.毎年黄金百両、白銀千両等を清に貢納すること。
 この清による冊封体制は、日清戦争で清か敗れるまで300年間続いた。チョーセン人の「恨」はここで骨がらみとなった。

半島行き止まり国家の非運

画像〔朝鮮半島は常に大陸からの侵略に怯えながら生きてきた〕

▼チョーセン人は古代から、絶えず廻りを気にして種を保存してきた。言い変えればどんな苦境にあっても、種の保存だけは絶え間なく、やり続けたのである。アメーバのような生き物がチョーセン人だった。それほど半島の歴史は過酷であったということだ。

▼それは朝鮮半島という地政学からきている。朝鮮半島の地形を思い浮かべよう。大陸に接していながら、朝鮮半島は大陸の〈盲腸〉のような存在なのだ。
筑波大学教授・古田博司先生に言わせれば、
「朝鮮半島は大陸からいくらでも自由に入って来られる。半島は行き止まり
の「廊下」のようなものだ。もともと安定的な国ができるような地形ではないのだ。北から南から強国が攻め放題だから」
「歴史をふり返れば、韓国の歴代の国王は、外から侵略を受けると必ず逃げ出す」
 朝鮮半島の国などは、大陸の皇帝にとってはあってもなくても、どうでもいいのである。むしろないほうがいい地域なのだ。

▼「行き止まり」の朝鮮は井の中の蛙のように、外に目が向かない。だから常に内部で揉め事が発生する。朝鮮からあふれ出る「憎悪」は自らが招いたことに起因するのが殆どなのだ。しかもチョーセン人は常に他人のせいにする。その性格はチャンコロも計算済みだ。

▼チョーセン人にはいつか自分たちは崩壊するのではないか、という恐怖が無意識に染み着いてしまっている。現在の南北朝鮮人も、こんな有り様になってしまったのは他国のせいだ、と憎悪する。すべて自分たちの国家経営の失敗なのだが、反省はしない。憎悪を外に向けるのだ。

▼李氏朝鮮時代も同じであった。半島は地続きの中国大陸からの絶え間ない侵略の歴史だった。少数の種である、この地域の生き物は、絶滅を避けるために大国に抗〔あがら〕うことはなかった。むしろ進んで臣下となったのである。この朝鮮民族の処世術を「事大主義」という。「事」とは仕えるということだ。「大国に仕える」ことを意味する。

中華の政権交代に乗り遅れた高麗

画像〔フビライ・ハンはモンゴル帝国の第5代皇帝だ。中国を治めた元の初代皇帝。元寇では二度に亘り日本を攻めた〕

▼小国が大国に冊封され臣下となっていた場合、小国の存続が最も危険な時期がある。大国の興亡により仕えていた皇帝が入れ替わる時だ。この皇帝の入れ替わりにうまく便乗しないと、小国は新皇帝から軍事攻撃を受けることになる。また小国の国内では、新たな「主君」と結ぶ新勢力によるクーデタが発生しやすいのだ。

▼そのいい例が高麗であった。10世紀半ば、クーデターによる君主の暗殺などで半島を統一したのが高麗であった。この時期の大国・中華は五代十国時代。高麗は宋朝の冊封を受け順調に半島を統一していく。その後高麗は中華の時の皇帝に取り入り朝貢を続けた。

▼高麗が躓いたのは12世紀に誕生したモンゴル帝国との関係が悪化したからである。14世紀に大陸で紅巾の乱が起こると、次第に元が衰え始めた。そして1368年、ついに明が元を北に追いやり中華を統一したのだ。高麗はすかざず明へ朝貢して冊封を受けた。だが明は高麗が元時代に獲得した領土の返還を求めてたのだ。高麗内では両班が親明派と親元派に分かれて抗争が起こった。お得意に党派抗争である。

▼親元派が勝つと高麗政権は明に対抗するため遼東半島に向かうはずであった。当時に高麗軍は強かった。だが遠征軍は突如、引き返すとてクーデターを起こす。政権を掌握した遠征軍は親明派官僚の支持を受けて体制を固めた。このときの遠征軍の武将が李成桂である。1392年、恭譲王を廃して自ら国王に即位した。朝鮮王朝、李氏朝鮮の誕生である。高麗は建国474年で滅びた。

▼朝鮮王朝を俯瞰して見れば、あるいは李成桂のクーデターがなければ朝鮮は今に通じていなかったのかもしれない。親明派の両班を統率して明に朝貢し、冊封を得たことにより李氏朝鮮は長らく続いたのかもしれない。しかし17世紀に入って、中華はまた大変革を起こす。明から清への政権交代だ。この時は、朝鮮は失敗したのだ。あの「三田渡」の屈辱を受けたのだ。(続)




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冬景色/文部省唱歌 作詞 作曲ともに不詳
 
〔懐かしい童謡・唱歌・青春歌をお送りしています。〕
<音量にご注意ください>




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準同盟、ってか
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画像〔115年前、わが国はイギリスと軍事同盟を結んでいた〕

▼日英同盟は、日本とイギリスとの間の軍事同盟だった。1902(明治35)年、ロシア帝国の極東進出政策への対抗措置として、日本の駐英公使・林董とイギリス外相・ヘンリー・ペティ=フィッツモーリスの間で調印された軍事同盟だった。

◆中国と韓国における権益を相互に認め、アジアにおけるロシアの膨張に備えることを共同の目的とした。わが国にとっては初の軍事同盟である。1922(大正11)年、ワシントン会議で廃棄されるまで続いた。

◆日英同盟から115年目。2017年12月14日、日英両政府はロンドンで外務・防衛担当閣僚協議(2プラス2)を開いた。英陸軍と陸上自衛隊による初めての共同訓練を日本で実施することと、安全保障分野の行動計画を策定することで合意した。

◆これをメディアは「準同盟」という。そうかもしれない。緊迫する北東アジア情勢を背景にした安全保障協力だからだ。核・ミサイル開発を進める北朝鮮や海洋進出の動きを活発化させる中国に一定の効果はあるだろう。

◆欧州連合(EU)から離脱するイギリスにとっても、国際社会での孤立を避け、アジアへの関与を窺うには絶好の機会だ。アメリカを軸に準同盟国として防衛網を広げるのもよい。

◆安倍が主張する「自由で開かれたインド太平洋戦略」にも合致する。太平洋とインド洋を結ぶ地域全体で、法の支配や市場経済を重視する国際秩序を維持するのが安倍の狙いだ。さらに対象となる地域が、かつてイギリスが植民地として支配していた地域とも重なる。今回の日英同盟は双方にとって有意義なのだろう。

◆インド太平洋戦略は、中国の広域経済圏構想「一帯一路」と対峙する。しかし一抹の不安がないわけではない。前キャメロン政権は商売をしたいがために中国と急接近した。現メイ首相はどうか。その時々でくるくる政策が変わるのがイギリスだ。いつ梯子を外されるとも限らない。わが国はそのつもりで接することだ。賢明なわが国の官僚だから、努努〔ゆめゆめ〕間違いはなとは思うが。




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(62)庶民的な姿であらわれた天皇

画像〔東京の福祉施設を訪問した昭和天皇と香淳皇后(左端)。(1948年10月)〕

▼「あ、そう」という言葉が、戦後の日本で大流行したことがある。このフレーズは、昭和天皇が全国を巡幸した際に国民との会話の中で多用したもので、そのために大流行したのである。

▼巡幸の途中で長崎の雲仙岳に登頂した際、同行していた侍従長の「陛下、あれが阿蘇山でございます」という言葉に、「あ、そう」と答えたというのがもっとも有名なエピソードだ。

▼昭和天皇は1946年2月の神奈川県を皮切りに、沖縄を除く全国各地に巡幸に出た。最初の訪問地は神奈川県の川崎、鶴見、横浜の工場街や商店街、戦災者共同住宅だった。

▼御料車から降りた天皇は、背広にソフト帽というじつに庶民的な装いだった。そして天皇は、詰めかけた人々の声援に応えて帽子をとって挨拶したのである。

▼声を聞くことはおろか姿を見ることすらかなうはずもなかった天皇のあまりにも気取らない振る舞いに、市民は驚き、そして熱狂した。

▼巡幸は「天皇は人間である」という事実を市民たちにまざまざと見せつけたのである。(続)

〔資料、文献等は本連載の終了回に報告します〕





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次回の「しっかりしろ、ニッポン」は12月30日頃發行予定です。ご愛讀くださいませ。
〔五日毎〈ごとうび〉に更新しております〕
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